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電源ケーブル、この甘くせつない誘惑

何が彼らを駆り立てるのか?

 ネット上でよく見かける論争のひとつに、「電源ケーブルで音は変わるか?」がある。

 音が「変わらない派」は「メーカーや業者は電源ケーブルで○万円も取って暴利をむさぼっている。社会悪だ!」のような主張をする。

 また音が「変わる派」に対し、「それほど音が変わると主張するなら、自分でブラインドテストをして客観的に証明してみせろ」などと強要したりする。その執着心たるやものすごい。

 こんな奇妙な現象は、オーディオの世界以外ではありえない。たとえばオーディオに負けず劣らず、強いこだわりや独善、偏見が跋扈する「ラーメン愛好者」の世界はどうか?

「ラーメンは博多に限る。いちばんうまい」という人に、「なぜ博多ラーメンなんだ! では博多ラーメンが世界一うまいことを、ブラインドテストで客観的に立証しろ!」などと強要する人はいない。

 また同じオーディオの世界でも、不思議なことに「ラック」のブラインドテストを主張する人はいない。ラックだって何万円もするのに、「ラックで儲けるのは社会悪だ!」などと声を上げる人はいない。

 同様に1個○万円もするインシュレーターはふつうにあるが、「社会悪だ!」とか「インシュのブラインドテストを遂行せよ!」などと主張する人はついぞ見たことがない。

 同じように300万円のプリアンプはふつうに存在するが、「アンプは社会悪だ。根絶せよ!」とか、「アンプで音が変わるなんて客観的データやブラインドテストで証明されてない!」などと戦う人も見かけない。

 結局、どのアイテムも音が変わるか変わらないかは客観的に証明されてないし、社会的な統一基準などはない。また怪しいぼったくりの雰囲気が漂う点も同じだ。

 なのになぜ、人は電源ケーブルだけをヤリ玉にあげるのだろうか? どうして電源ケーブルだけを悪者にしたがるのか? なぜ人は電源ケーブルだけを執拗に追及するのか?

 変わると言うにしろ、変わらないと主張するにしろ、なぜ人はこれほど電源ケーブルに熱く執念を燃やすのだろうか?

 何が彼らをそうさせるのか?

 電源ケーブル――。

 それは人を惑わす琥珀の香りがする。

テーマ : オーディオ機器
ジャンル : 音楽

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DYNAUDIOというスピーカーに出会ったせいで、こんなブログをやってます。

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