オーディオの絶対評価はむずかしい
ではどこがどう疑問なのか? 文面を紹介しながら順を追って説明しよう。
まず今回の試聴レビューでは、冒頭でA-7VLの特徴を以下のように論評し、その上で「個人的には好みでなかった」と書いている。
音質的な傾向としましてはパワフルかつフレッシュな鳴りっぷりの良い音で、
透明感が高く非常にノイズレスなところも魅力的です。
ただ個人的には「低音域の膨らみ・高音域のシャリつき・音像の荒っぽさ」といった主として質感の異なるアンバランスな部分が耳についてしまい、
正直言ってあまり好みのサウンドではありませんでした。
『ONKYO A-7VL 音質試聴レビュー!』 (ザ・ステレオ屋ブログ番外編)
http://blogs.yahoo.co.jp/digital_side/archive/2011/5/18
特におかしいところはない。前の段落では音質を客観的に分析し、次の段落では主観に基づく個人的な好みを書いているだけだ。
問題はここからである。
DACの違いで音質は豹変する
A-7VLはDACを内蔵しているのが大きな特徴だ。で、CDプレーヤーなど川上の機器とデジタル接続できる。その場合、A-7VLに搭載されたDACでD/A変換が行われる。
一方、CDプレーヤーとA-7VLを普通にアナログ接続すれば、CDから読み取ったデジタルデータはCDプレーヤーのDACでアナログ変換される。ゆえにどちらのDACを使うかで、音質が大きく変わってくる。
で、今回のレビューでは「デジタル接続を試してなかった」ことに途中で気づき、やってみたらば「とても同じアンプとは思えないほど音質が変わった」という。
音の抜け、クリアネス、S/Nが二回り程向上しただけでなく音像のタイトさが増して気になっていた「低音域の膨らみ」だけでなく「高音域のシャリつき」も感じられません。
これを素直に読めば、筆者が冒頭で指摘していた「低音域の膨らみ」と「高音域のシャリつき」は、試聴時に組み合わせたCDプレーヤーのDACが原因だったことになる。だが筆者はなぜか以下のように、「デジタル接続時のA-7VLの音質が優れているからだ」と断定する。
個人的に「A-7VL」では積極的にデジタル入力を使いたい(使って頂きたい)です。色々試しましたが、それだけ「A-7VL」におけるデジタル入力の音質特性は優れています。
では音質に差が出たのは、CDプレーヤーのDACにクセがあったからか? それともA-7VLのDACが「すごく優れている」からなのか? この文面を見る限り、何も検証されていないし、何も証明されていない。
例えばA-7VLと釣り合いが取れそうな10万~20万円クラスのCDプレーヤーを5機種用意したとしよう。そして型番をすべて明記した上でA-7VLと組み合わせ、各機種ごとにアナログ接続、デジタル接続の比較試聴を行う。
その結果、「5機種すべてにおいてデジタル接続の方が音質的に勝りました」とでもいうなら、なるほどデジタル接続時のA-7VLの音質特性は優れているんだな、と説得力も出る。
だが2者だけを比較した今回の書き方では、試聴時にたまたま使ったCDプレーヤーのDACよりA-7VLのDACの方が音がよかった、というだけの話になってしまう。
だがそれを言うなら組み合わせたCDプレーヤーが仮に2万円の製品なら、デジタル接続の方が音がいいのは「当たり前じゃん」てな話になる。逆に100万円のCDプレーヤーを使っていれば、「A-7VLはアナログ接続の方が音がいい」などというおかしな論理になってしまう。
要は「デジタル接続の方がすごくいい」というのは比較論にすぎず、A-7VL自体の評価・分析になっていないのだ。つまり「相対評価」にすぎないものを、あたかも「絶対評価」であるかのように書いてしまっているのである。
相対評価と絶対評価は別物だ
少し説明しよう。AとBを比較し、分析するのが相対評価だ。一方、Aだけを単独で見て、その価値を判断するのが絶対評価である。
例えば今日の気温が10度だったとしよう。だが昨日はもっと寒くて5度だった。そこで「昨日と今日ではどちらが暖かいですか?」と聞かれたら、だれでも「今日の方が暖かい」と答えるはずだ。これが相対評価である。
だが今日は10度しかないのだから、昨日と比較しない限りは「今日は暖かい」という答えは出てこない。つまり今日という日を単独で絶対評価すれば、相対評価の結果とは逆に「今日は寒い」となってしまう。こんなふうに相対評価と絶対評価はまるで別物だ。
オーディオにおける相対評価は、機器Aと機器Bを比較試聴した場合だけに言える論評だからカンタンだ。複数の機器を聴き比べれば、音の違いはわかりやすい。だが機器Aだけを単独で聴き、「Aはこういう音だ」と診断する絶対評価はむずかしい。自分の中に決してブレない客観的な音質基準を持ってなければ判断できないからだ。
では今回のレビューはどうか? 文面を読む限り、筆者は相対評価を行っている。A-7VLのDACとCDプレーヤーのDACを聴き比べている。にもかかわらず結論部分だけは、「デジタル接続時のA-7VLの音質特性は優れている」と、あたかもそれが絶対評価であるかのような表現になっている。
もちろん筆者に他意はなく、成り行きでこういう書き方になったのだろう。だが読者から見れば「CDプレーヤーのDACよりはよかったです」という比較論でなく、あくまでA-7VLのDACが「絶対的に優れているのだ」と錯誤させられそうな文面になっている。
試聴に使ったCDプレーヤーは何か?
また相対的な比較論を書くなら書くで、比べた相手の機器を明示しないと意味がない。だがこのレビューでは試聴に使ったCDプレーヤーの機種名を書いてない。これでは比較にすらなってない。
いや「ザ・ステレオ屋」さんの名誉のために書き添えると、この店の試聴レビューは巷のオーディオ評論家の愚にもつかない駄文と違い、文章表現が体感的でわかりやすい。かつ、的を射た分析が多い。お世辞抜きでオーディオ雑誌の試聴レビューなどとくらべ月とスッポンだ。
で、いつも興味深く読んでいるのだが、今回みたいな残念レベルの記事は初めて読んだ。サルも木から落ちる、というやつなのだろう。うーん。