音楽家とオーディオマニアは音楽の聴き方が違うか?
ネット上のオーディオ系掲示板で、こんな話題が出ていました。
「実際に楽器を演奏する人と聴くだけの人とでは、選ぶオーディオ機器や嗜好が違うのではないか?」
おもしろそうなお題なので、ちと今回はこれについて思考してみます。ただし今回の記事は私自身や仲間の体験も交えた、あくまで個人的な見解とお断りしておきます。
まずオーディオの世界でよくいわれる定位や音場感、空間表現などですが、これらはいわば客席に座った人がステージを見たときに覚える感覚です(厳密には違うが後述)。オーディオ機器を使えば、それと同じ感覚を自宅で居ながらにして体感できます、というお話でしょう。
たとえばオーディオ機器から出る音を聴き、「おっ、実際にドラマーが右奥に座ってドラムを叩いているように聴こえるぞ」的な感覚もそのひとつですね。
こうした思考に伴う目線の方向は、あくまで客席から見たステージです。オーディオルームに置き換えるなら、楽器を演奏する人はスピーカーであり、リスナーはそれと対置する存在です。
結論から先に言えば、オーディオ的な定位や音場感、空間表現などの概念は、楽器を演奏しないお客さんによる、お客さんのための劇場感覚です。お客さんが自分たちのために作ったある種のフィクションみたいなものでしょう。
■演奏者の最大の関心事は楽器の音色だ
一方、プレイヤー(演奏者)はいつもステージにおり、音源のすぐ近く、いわば音場の真っ只中に立っています。しかもステージ上ではお客さんと違い、モニターの音を聴いています。ですから「自宅であのライブの雰囲気を再現できるかどうか?」てなことにはお客さんほど関心ありません。(もちろん人によるでしょうが)
演奏者にとって最大の関心事は、音色です。自分がステージで楽器を演奏するとき、イメージした通りの音色を楽器から出せるかどうか? これが大問題です。だからプレイヤーは自分好みの音色を作るため、楽器を含めた機材のセッティングを鬼のように研究します。
たとえば初心者の方が、ベースギターのセッティングを試行錯誤する例を上げればこんなふうです。
「試しにベースアンプのTREBLEをフルにし、BASSを2や3程度にしか上げないとどうだろう? おや、音の輪郭と指のアタック感だけが際立ち、中から下が抜けた『ギャイン』という音しか出ないな。これはベースの音じゃないからダメだなぁ。もっとTREBLEを下げ、BASSのツマミをひねってみようか」
このへんはオーディオと同じでしょう。ともあれプレイヤーにとっての問題は、「狙った音色をいかに出すか?」ということです。
■リスナーはPAを通した「フィクション」を聴いている
また定位や音場感、空間表現といえば、あたかもステージから発される「本当の音」、「本当の音響空間」を希求する概念であるかのように思われがちです。
ところが音楽ジャンルを問わず、ステージで演奏されるアコースティック楽器から出た生音を直接お客さんに聴かせていた時代とちがい、いまやステージと客席の間にはPAシステム(Public Address System=人々に伝達するシステム)が介在しています。
ではPAとはいったい何か? ひとことでいえば音質やバランス調整機能付きの巨大な拡声器です。まず各楽器の音はシールド/マルチケーブルを通し、PAの中核に当たるミキサーにいったん集められます。ミキサーでは定位や音量、音質のほか、エフェクターの効き具合なども聴きやすいように調節されます。
で、プレイヤーはステージの上で、自分自身やバンド仲間の音をモニタースピーカーで聴いています。かつモニターから出る音は、あくまでプレイヤーが演奏しやすくするための音です。たとえばギタリストならギターの音はアンプから充分聴こえてるからほかの楽器の音だけ返してやる、みたいな。
一方、お客さんの側は、ステージ脇に山と積まれたメインスピーカーの音を聴いています。こうしてミキサーでは音やバランスに手が加えられる上、演奏者とお客さんとはちがう音を聴いていたりもするわけです。
こんなふうにリスナーとは立ち位置が違うミュージシャンから見れば、定位や音場感、空間表現などの劇場感覚は「フィクションだよね」という感じでしょう。それより関心事はまず音色です。ですから演奏者とリスナーとでは、オーディオの選び方や聴くツボが違っていても何ら不思議はないでしょう。
もちろん「だから定位や音場を取り沙汰するのはまちがいだ」なんて話ではありません。仮にフィクションだとしても、オーディオのひとつの楽しみ方として当然アリですね。
【関連記事】 (このブログの記事です)
『吉田苑が考える「いい音」は音楽家の考える「いい音」と同じか?』
「実際に楽器を演奏する人と聴くだけの人とでは、選ぶオーディオ機器や嗜好が違うのではないか?」
おもしろそうなお題なので、ちと今回はこれについて思考してみます。ただし今回の記事は私自身や仲間の体験も交えた、あくまで個人的な見解とお断りしておきます。
まずオーディオの世界でよくいわれる定位や音場感、空間表現などですが、これらはいわば客席に座った人がステージを見たときに覚える感覚です(厳密には違うが後述)。オーディオ機器を使えば、それと同じ感覚を自宅で居ながらにして体感できます、というお話でしょう。
たとえばオーディオ機器から出る音を聴き、「おっ、実際にドラマーが右奥に座ってドラムを叩いているように聴こえるぞ」的な感覚もそのひとつですね。
こうした思考に伴う目線の方向は、あくまで客席から見たステージです。オーディオルームに置き換えるなら、楽器を演奏する人はスピーカーであり、リスナーはそれと対置する存在です。
結論から先に言えば、オーディオ的な定位や音場感、空間表現などの概念は、楽器を演奏しないお客さんによる、お客さんのための劇場感覚です。お客さんが自分たちのために作ったある種のフィクションみたいなものでしょう。
■演奏者の最大の関心事は楽器の音色だ
一方、プレイヤー(演奏者)はいつもステージにおり、音源のすぐ近く、いわば音場の真っ只中に立っています。しかもステージ上ではお客さんと違い、モニターの音を聴いています。ですから「自宅であのライブの雰囲気を再現できるかどうか?」てなことにはお客さんほど関心ありません。(もちろん人によるでしょうが)
演奏者にとって最大の関心事は、音色です。自分がステージで楽器を演奏するとき、イメージした通りの音色を楽器から出せるかどうか? これが大問題です。だからプレイヤーは自分好みの音色を作るため、楽器を含めた機材のセッティングを鬼のように研究します。
たとえば初心者の方が、ベースギターのセッティングを試行錯誤する例を上げればこんなふうです。
「試しにベースアンプのTREBLEをフルにし、BASSを2や3程度にしか上げないとどうだろう? おや、音の輪郭と指のアタック感だけが際立ち、中から下が抜けた『ギャイン』という音しか出ないな。これはベースの音じゃないからダメだなぁ。もっとTREBLEを下げ、BASSのツマミをひねってみようか」
このへんはオーディオと同じでしょう。ともあれプレイヤーにとっての問題は、「狙った音色をいかに出すか?」ということです。
■リスナーはPAを通した「フィクション」を聴いている
また定位や音場感、空間表現といえば、あたかもステージから発される「本当の音」、「本当の音響空間」を希求する概念であるかのように思われがちです。
ところが音楽ジャンルを問わず、ステージで演奏されるアコースティック楽器から出た生音を直接お客さんに聴かせていた時代とちがい、いまやステージと客席の間にはPAシステム(Public Address System=人々に伝達するシステム)が介在しています。
ではPAとはいったい何か? ひとことでいえば音質やバランス調整機能付きの巨大な拡声器です。まず各楽器の音はシールド/マルチケーブルを通し、PAの中核に当たるミキサーにいったん集められます。ミキサーでは定位や音量、音質のほか、エフェクターの効き具合なども聴きやすいように調節されます。
で、プレイヤーはステージの上で、自分自身やバンド仲間の音をモニタースピーカーで聴いています。かつモニターから出る音は、あくまでプレイヤーが演奏しやすくするための音です。たとえばギタリストならギターの音はアンプから充分聴こえてるからほかの楽器の音だけ返してやる、みたいな。
一方、お客さんの側は、ステージ脇に山と積まれたメインスピーカーの音を聴いています。こうしてミキサーでは音やバランスに手が加えられる上、演奏者とお客さんとはちがう音を聴いていたりもするわけです。
こんなふうにリスナーとは立ち位置が違うミュージシャンから見れば、定位や音場感、空間表現などの劇場感覚は「フィクションだよね」という感じでしょう。それより関心事はまず音色です。ですから演奏者とリスナーとでは、オーディオの選び方や聴くツボが違っていても何ら不思議はないでしょう。
もちろん「だから定位や音場を取り沙汰するのはまちがいだ」なんて話ではありません。仮にフィクションだとしても、オーディオのひとつの楽しみ方として当然アリですね。
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