「自分を持つ」 こと

 試聴して 「こっちがいい」 と感じたら、それが 「あなたにとって」 の正解だ。

 他人の評判なんて気にすることはない。

 自分の耳を信じ、「自分を持つ」 ことが大切だ。

テーマ : オーディオ機器
ジャンル : 音楽

ほとんどの一般ピープルが満足する組み合わせは?

DALI ZENSOR1
※DALI ZENSOR1
マランツ M-CR603
※マランツ M-CR603

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 たとえばスピーカースタンドを使わないなら、高いスピーカーを買う意味がない。

 それなら値ごろ感のある、こなれた価格のスピーカーでいい。

 スタンドなしでも低域がぼんやり膨らまないDALI ZENSOR1に、コスパのいいCDレシーバー。これでたいていの (マニア以外の) 一般ピープルは満足するはずだ。

 ハッキリくっきりした解像感のある音がよければ、ONKYO CR-N755。低音がゴリッとしたエネルギッシュなサウンドが好みならDENON RCD-N8。あるいは英 「What Hi-Fi?」 誌レヴューで5ッ星を取ったマランツ M-CR603。

 どれもスピーカーとセットで合計6万円を切る。

 なんていい世の中なんだろう。

tag : DALI_ZENSOR1 マランツ_M-CR603 ONKYO_CR-N755 DENON_RCD-N8

「色付けがない」という名の色付け

 CDプレーヤーからアンプ、スピーカーと、すべて色付けのない製品で固めた場合、出てくる音は果たしてカラーレーションのない極めて原音に近い音といえるだろうか? 体感的には、そうは思えない。

 これら色付けのない機器群は、もとの楽器がもつ伸びやかで豊穣な音色の一部を削り取り、「色付けがない」という名の色付けを行っているようにしか思えない。

 たとえば解像度の高いデジタルアンプは、「色付けのない素直な音だ」と評されることが多い。だがこうした機器は、音色的には艶や潤いのない乾いた音であることが多い。

 なぜ高解像度なデジアンは、色艶や潤いのあるバイオリンやピアノの音を再生させた場合でも、依然として「色艶のない乾いた音」なのか? (音源のもつ音色がどうであるかとは無関係に)、「乾いたドライな音」という固有の色付けを持っているとしか思えない。

 要は「原音忠実再生」などというのは砂上の楼閣なのだ。

機器のエージングと耳のエージング

 エージングという神秘現象について、本来の意味と別の側面をひとつあげるとするなら業界の方便としてのエージングだろう。

 例えば客がショップで試聴し、「音がこう気に入らない」 と店員さんに訴えると 「いえ、この製品はまだ新しいので、エージングが終わっていませんからね」

 あるいは製品を買った客が自宅で音を聴いて気に入らず、「こんなはずでは?」 とショップやメーカーに問い合わせると 「いえ、まだエージングが終わっていませんから」

 言われた通り、エージングだとばかり思ってもうしばらく聴いていると、だんだん耳が製品の音に慣れてくる。すると違和感を感じなくなるって寸法だ。

 製品のエージングではなく、耳のエージングが進んだわけである。

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家の中の電源だけいじっても意味がない?

 電源ケーブルを交換しても 「音は変わらない」 と主張する人は、よくこういう論法を展開します。

「電気は発電所から長い経路を経て届く。なのにその末端の宅内だけいじって効果があるなんておかしい」

 おもしろいのは、これって90年代のADSLブーム初期の頃にあった議論とそっくり同じな点です。

 当時、「ADSLはノイズに弱い」 → 「ノイズがあると速度が落ちる」 → 「だからノイズ対策をしよう」 という流れで、家の中のノイズ対策を熱心に行う人がたくさん増えました。それに対し、否定論者はこう言いました。

「ADSL通信でやり取りされる信号は、NTT収容局のはるか上流からえんえんとケーブルで戸外を引き回されて一般家庭にやってくる。つまり家に届く前に、戸外でノイズにやられれば終わりだ。なのに、ほんの末端にすぎない 『家の中のノイズ対策』 だけやって意味があるはずない」

 ところが実際は、意味がありました。たとえば家に設置された保安器が 「6PT」 の前期型なら、電話の着信時にノイズが発生します。そのせいでADSLのリンクが切れます。この場合、家に設置された保安器を新しい製品に交換すれば解決します。

 また家の玄関にドアフォンがついていれば、同様にノイズの原因になります。そこでドアフォンを撤去するとノイズは消え、ADSLの速度は回復します。

 つまり電話線はえんえんと戸外を引き回されてきていますが、そのほんの末端だけ(保安器やドアフォン等)をいじれば効果があるのです。これってなんだか、 何かに似ている気がしますね。

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購入前の試聴でカギになる3つの要素とは?

DYNAUDIO Audience42
※我が家の初代Dyna型スピーカー、DYNAUDIO Audience42 (売る気は毛頭ございません)

通りすがりにひと目ぼれ

 今回は珍しくDYNAUDIOとの出会いについて書きましょう。
 
 私は昔、学生時代に買ったヤマハのNS690というスピーカーを使っていました。このスピーカーとは長い間つきあいましたが、ふつうに音楽を楽しんでいただけです。「オーディオそのもの」についてなど特に考えもしませんでした。

 そんな日々が長期間続いたのち、ある日たまたま通りすがりのショップで衝撃的な出会いをしました。いや、オーディオが置いてある店へ行くことなどなかったので、本当にたまたまでした。

 そのフロアに入った瞬間、鳴り響く音を聴き、雷に打たれたようなショックを受けました。ものすごいリアリティだったのです。自宅のスピーカーとは段違いでした。

「いま鳴っているのはどのスピーカーですか?」

 店員さんに聞くと、DYNAUDIOのAudience 42でした。

 その日以来、試聴が始まりました。仕事が終わればほとんど毎日、その店へ通い詰めました。もちろんそのスピーカーだけでなく店にあるさまざまななスピーカーを聴きました。当時すでにオーディオ系のネットの掲示板などもよく読んでいましたが、「他人に質問しよう」なんて考えもしませんでした。だって自分の耳で聴き、自分自身が納得できなければ気がすみませんから。

 さてファースト・インプレッションで「すごくいい!」と感じたスピーカーは見つかりました。ですが、「探せばもっといいものがあるかもしれない」という思いにもかられました。で、インターネットでショップを探し、あちこちの店へ行きました。

 当時のDYNAUDIOはまだ鳴らしにくく、アンプを選びました。いろいろ試聴しているうちに、素晴らしい音で鳴るアンプと、まったくダメなアンプとにはっきり分かれることが自分の耳でわかってきました。とすれば1機種でも多くのアンプと組み合わせて聴きたい。そんな強い思いに突き動かされました。

 ところがDYNAUDIOは置いている店が極めて限られます。全国でオーディオ店がいちばんありそうな東京でさえ、DYNAUDIOを置いている店は2~3店舗しかありません。これでは充分にいろんなアンプと組み合わせて聴けません。で、取扱店を調べ、他県の店へも遠征しました。組み合わせたアンプは数十機種です。結局、このAudience 42を買ったのは、出会いから一年半後のことでした。完全に納得の買い物でした。

 アンプの選定やセッティングについても、店の試聴室であれこれ試してもらいながら同時平行で聴き進めました。ですから購入後、自宅で鳴らしても試聴時と何ら変わりない音が出ました。どこにも不満などありません。最初から大満足でした。

 いま振り返ればその一年半にわたる試聴は、「探せばもっといい機種があるかもしれない」、「本当にこのスピーカーでいいのか?」、「このスピーカーに決めるとすれば、使えるアンプは何か?」。この3項目を確認するための試聴でした。あとから考えれば「自分はどんな音が好みか?」という最大のテーマには、初めから結論が出ていたことになります。

 いずれにしろオーディオ購入前の試聴では、この3つの要素にいつ結論を出せるかがポイントになりそうです。

【関連記事】

『「あたしを捨てるのね?」とAudience 42はけなげに鳴った』

『DYNAUDIO DM2/6、実売10万クラスの最終兵器』

『至高のスピーカー、DYNAUDIO CONFIDENCE C1を買った』

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ときには耳のエージングも大切だ

 人間はコンピュータと違って 「忘れる」 ことができる。例えば恋人と別れた体験をいつまても覚えていたら、気が滅入るだろう。

 そういう体験を自然に忘れられことは意義ある特技だ。

 それと同様、人間の耳は 「エージングが利く」。音に慣れることができる。これは人間の特技でありメリットだ。

 例えば上位機種と聴きくらべさえしなければ、「こういうものなんだろう」 といまの所有機の音に耳が慣れる。所有機の音が当たり前になる。

 そうすればオーディオに野放図な投資をしたりせず、思う存分、CDを買って音楽そのものを楽しめる。このメリットは計り知れない。

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電源ケーブルはなぜ売れるのか?

議論で洗脳されないための思考法

 某所で電源ケーブルについて質問するスレッドが立ち、例によって物見遊山のみなさんが集まりました。この種のスレでは、似たような論法がしょっちゅう繰り返されるもの。案の定、またもお馴染みの展開になりました。

 例えばAさんはこう言います。

「もし本当に電源ケーブルで音が激変するなら、アンプ・メーカーがハナから良い電源ケーブルを付けて出荷しているはずだ」

 つまりメーカーがそうしないのは、「電源ケーブルで音が変わらない証拠だ」 というわけです。このレトリックは実によく出てきます。しかし残念ながら、これはコスト・バランスをまったく無視した議論です。

 メーカーは物を売るため、「値ごろ感」 のある価格設定にしたがるもの。で、製品にかけるコストをあれこれ削減します。ゆえに (ハイエンドは除き) 内部パーツにコストはかけるが、筐体(ガワ)のコストを思い切り削るメーカーだってあります。とすれば電源ケーブルなどはまっ先にコスト削減の対象になります。つまり 「やりたいなら自分で高いのに付け換えてね」 ってお話です。

 ゆえに例えば10万円のアンプに、市販されている5万クラスの電源ケーブルを付属させて売る、なんてことは当然ありません。少しでもコスト削減したいメーカーにとって、こんなコスト配分などありえないのです。

 もちろん、だからといって逆に 「電源ケーブルで音は変わるんだ」 って話にはなりません。ここでいえることは、少なくともAさんが言う 「もし電源ケーブルで音が変わるならメーカーはいい電ケーを付けているはずだ。そうしないのは音が変わらないからだ」 なる主張は論理が破綻しているぞ、というところまでです。

 こんなふうに 「変わる派」、「変わらない派」 は双方とも、あれこれ理屈をこねて自分に都合のいい結論を導きたがります。

 例えば別の回に登場したBさんの主張などはウルトラCでした。Bさんいわく、「電源ケーブルで音が変わるのは明らかである。なぜならたくさん売れているからだ。もし音が変わらないのであれば、こんなに売れるはずがない。だから電源ケーブルで音は変わるのだ」。

 いや電源ケーブルを買う理由なんて、「プラグの色がステキだったから♪」 とか、「お金が余っていたから」 とか、「ケーブルを付け替えると所有欲が満たされるから」 とか、「評論家の言うことをうのみにしたから」 とか、「プラシーボで脳が満たされているから」 とか、いくらでも動機は考えられます。つまりBさんの論理にはなんら説得力がありません。

 すなわちBさんは、「電源ケーブルが売れているのは音が変わるからだ」 ということにしたいというだけのお話です。

 こんなふうにこの種の議論では、「変わる派」、「変わらない派」 はどちらも主観にとらわれ自分に都合のいい主張をしたがります。とすればこういう議論に接する際にはどちらの立場にも立たず、第三者的な立場から客観的に双方の主張を吟味する必要があります。

 こうして客観的に思考すれば、「変わらない派」 のAさん、「変わる派」 のBさんはどちらも論理が破綻していることがよくわかるでしょう。「客観的に考える」 というのは、こういうことです。

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ブラインドテストは意味あるか?

 ブラインドテストは、オーディオの本当の価値を測れる唯一の方法であるかのように認識されているが、まったくナンセンスだ。

 オーディオはそうした科学的な価値判断だけでなく、所有することで得られる精神的な豊かさや満足度、贅沢感、デザインの美しさなど、心理的な側面まで含めたトータルでの文化的価値判断がなされるものだ。ブラインドテストでは、当然、こうした文化的な価値までは算出できない。

 逆にいえば 「音だけ」 聴いて、いったい何の意味があるんだろうか?

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オーディオのセオリーを疑え

クラシック向きのセオリーばかりのオーディオ界

 歴史をさかのぼれば、オーディオはもともとクラシック音楽をいい音質で再生するために発展してきた。ゆえにオーディオ業界やオーディオ・マニアはクラシック再生を想定し、そこからオーディオのさまざまなセオリーや常識が生まれた。(ただしこれらはあくまでクラシックを心地よく再生させるためのノウハウであることが多い)。

 だがその後、社会の近代化が進んで音楽も多様化し、いまや音楽人口はクラシック愛好家だけでなく多くのジャンルに幅広く分散している。例えば日本で音楽人口がいちばん多いのは、おそらく圧倒的にJ-POPだろう。

 ところが再生させるべき音楽の方は多様化したのに、オーディオ界では相変わらず昔と同じクラシックの再生を想定したセオリーや常識がまかり通っている。

 一例をあげれば文末の【関連記事】で解説した「ゴム系のインシュレーターは絶対禁物! マグネシウムのような金属系がベストだ」みたいな常識だ。これはつまり解像感が最優先されるクラシックの再生を想定したセオリーである。

 だが逆にロックやR&Bを聴く人は、解像感よりむしろパンチのきいた躍動感が出るゴム系のインシュレーターの方がよかったりする。

 とすれば一般に「○○を使うのがベストだ」とか「××には○○を組み合わせるのがいい」などと、あたかも何にでも適用できる絶対的なセオリーであるかのように言われていることも、いちいち疑ってかかる必要がある。ときにはセオリーと正反対のことをやるのが自分の場合は正解だったりするからだ。

 もしあなたがクラシック以外の音楽を聴いているなら、なおさらである。

【関連記事】

『付帯音や歪みが「味」になる音楽とそうでない音楽』

『トランジェントのよい音は 「正しい音」 か?』

『解像度ってそんなに重要か?』

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DYNAUDIOというスピーカーに出会ったせいで、こんなブログをやってます。

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