未知なる音を聴きに行きたい

ただ好奇心に駆り立てられて

 ずいぶんいろんなオーディオ機器を試聴してきた。

 あるときはタクシーに自分のスピーカーを積み込み、ショップ店頭のアンプと組み合わせて音を聴いた。またあるときはホテルを取って1泊2日で7軒を回った。

 いったい何がそんなに私を駆り立てるのか?

 それは未知に対する好奇心だ。そこに音を聴いたことがない機器がある。いったいどんな音なんだろう? どうしても聴きたい。正体を確かめたい。

 その機器は業界でどんな位置付けなのか、自分の耳でぜひ確認したい。どういう好みの人に支持される機器なのか、自分の耳でどうしても調べてみないと気が済まない。

 そんな犬も食わない道楽が高じ、結果としてこんなレビュー・ブログが出来上がった。

 私は自分の所有機器の写真を撮りまくり、それを公開して自己顕示欲を満たそうという欲望がまったくない。ああでもない、こうでもない、と所有機器をいじり回してはレポートを書くより、未知なる音を聴きに外へ出かけたい。

 私はどうやらふつうのオーディオ・マニアとはまるで生態がちがうようだ。いや、それ以前に私はたぶんオーディオ・マニアですらない。単なる音楽ファンだ。

 音に対する好奇心の塊の音楽ファンが自分の嗜好を満たしてみたら、こんなブログになった。

 単にそういうことなのである。

音質のよさは「絶対」か?

音質のよさは、音楽を楽しく聴かせてくれる。

だが音質はいいが音楽性に乏しい曲と、音質は悪いが音楽性豊かな曲とでは、後者のほうがはるかに楽しい。

結局のところ音質の良し悪しよりも、楽曲の優劣のほうが圧倒的に重要なのだ。

音像の彫りが深いかどうか?

 2本のスピーカーによって形成された音場を眺め渡すと、まるで彫刻作品のように音像があるべき位置に屹立している。

 それら音像の「彫りが深いかどうか?」が立体感や音場感を決める。

 音を聴くとき、私はまずそこを見る。

テーマ : オーディオ機器
ジャンル : 音楽

オーディオって「出会い」だなぁ

 つくづくオーディオって「出会い」だなぁ、という体験をしたので、そんな記事を書こうと思いつきました。

 ひょっとしたら近日中に公開します。

 乞うご期待。

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ジャンル : 音楽

JBLがほしい

4429

DYNAUDIOで40年代のジャズは聴けない

 突然、40〜50年代初期のスタン・ゲッツにハマり、猛烈にJBLが欲しくなってきた。解像度が高く空間表現が得意なDYNAUDIOで40年代後期のジャズを聴いても意味ないからだ。

 逆にソースの荒さと立体感のなさをDYNAUDIOが冷酷に暴き出し、とても聴いていられない。古いジャズはずっと聴いてなかったのだが困ったものだ。なんせ我が家のサブは同じくDYNAUDIOなので、これではサブのサブがいる。

 さて、こういうときにはJBLである。

 あれやこれやの細かいことはベールで覆い隠し、音楽の「熱さ」だけをひたすら引き出してくれる。とはいえナニの問題もあるし、4429くらいかなぁ。

 アンプはPASSのINT-150かマッキンで、と空想していたら、調べてみるとINT-150はいつのまにかディスコンになっていた。非常にショックだ。こういう音楽をまた聴くときがきたら、ぜひ欲しいと思っていたのだが。

 とするとマッキンか。どうせなら出力トランスがあったほうがいいからMA6700か……。しかしPASSのINT-150は気に入ってたんだけどなぁ。

 まあいいか。考えるだけならタダだし。

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tag : JBL_4429 DYNAUDIO PASS_INT-150 MA6700

あなたのオーディオは気持ちいいですか?

 本格的なマニアが、BOSEをバカにするのをよく耳にする。

 確かにBOSEはオーディオ的にはランクが下かもしれない。

 だが音楽的にはすばらしい機材だ。

 なぜなら原音なんて関係なく、持ち主が「気持ちいいような鳴り方」をするからだ。原音に近いかどうかでなく、「聴いて気持ちいいかどうか?」だってオーディオの大事な要素だと思うけどなぁ。

 あなたのオーディオは気持ちいいですか?

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CDプレーヤーはDACのちがいが大きい

単体DACを替えてびっくり

 CDプレーヤーのトランスポート部は、音にどれくらい影響するのか? そう思い、昔、実験してみたことがある。

 実験では、同じ価格帯だがメーカーのちがう2台のCDプレーヤーを用意した。そしてこれらをCDトランスポート専用として使った。で、2台を同じ単体DACに交互につなぎ、トランスポート部による音のちがいを検証した。すると私の駄耳では、ほとんどちがいがわからなかった。(もちろん微妙な差はあったがブラインドではわからない)

 さて次はDACによる音の差だ。

 今度は同じ価格帯で、メーカーが異なる2台の単体DACを用意した。で、1台のCDプレーヤーをトランスポートとして使い、これを2台の単体DACに交互につなぎ替えた。するともう、笑っちゃうくらい音がちがった。(当たり前だが)

 やっぱりDACのちがいが大きいんだなぁ、CDプレーヤーって。

(付記)

 ただしトランスポートのグレードがちがう場合、例えば100万のトランスポートと50万のトランスポートの音のちがいは未検証なので今後の課題だ。

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【続】なぜプラシーボを楽しめないのか?

オーディオでは「錯覚」を排除できない

「いま、俺はケーブルを交換したぞ」という意識がある以上、オーディオではプラシーボの可能性から逃れられない。

 なぜなら「せっかく交換したんだから音が変わってほしい」という欲望が、プラシーボの素になるからだ。

 あるいは百歩譲ってそんな希望はもってないにせよ、「ケーブル交換したんだから音が変わってもおかしくはないぞ」のような予期心理自体がプラシーボを呼ぶ。

 結局、オーディオではプラシーボを完全には排除できない。

 にもかかわらず、そこで「俺の感覚は絶対に正しい」、「俺にプラシーボなんてありえない」、「絶対に認めないぞ」などと宗教的な信仰心を発揮してがんばってしまうからストレスになるのだ。

 もとは「音」を「楽」しむために音楽を聴いていたはずなのに、いつしかそれが難行苦行になる。「音がこうなってほしい」という強い欲望を抑えきれず、現実はそうなってないのに認めることができない。やがては自己矛盾を起こし、自分自身が崩壊してしまう。

 だったらどうせプラシーボから逃れられないなら、「音が変わってうれしいな / 楽しいな」のような感覚をプラシーボ込みで楽しんでしまえばいい。

 音楽という言葉は、音を楽しむと書く。そこでがんばってしまうのでなく、プラシーボを楽しんでしまえばあとはバラ色だ。

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なぜプラシーボを楽しめないのか?

オーマニは「それ」を絶対に認めない

オーディオマニアはとかく、「プラシーボ」という言葉に過剰反応する。

自分の聴いた「体感」がプラシーボであってはならない、絶対にそんなことは認められない、みたいな感じだ。

あまりにも必死すぎる。

なんだか宗教チックで、実に不思議である。

だってプラシーボを楽しむことも含めて、オーディオの楽しみだといえるからだ。

音の暖かさ、冷たさはどこで決まるか?

絵の具を混ぜるように音は調合できる

 暖色系の音、寒色系の音、という言葉をよく耳にする。その音は暖かみがあるか? それとも冷たく感じるか? である。ではそもそもオーディオ機器が出す音の暖かい、冷たいを、人間はどこで判断しているのだろうか? 大きな要素のひとつが高音の質だ。

 たとえば人間は高音がキラキラしていると、その音をひんやり冷たく感じる。そして「クールな音だ」と認知する。高域が派手で華やかなB&Wのスピーカーなどはその典型だ。

 ただしそのB&Wのスピーカーも、古いタイプの真空管アンプやラックスマンA級アンプのような暖色系アンプで鳴らせば、相応の暖かみが出るからおもしろい。パレットの上で絵具を混ぜ合わせるように、音は「調合できる」のだ。

「原音を忠実に再現すべし」

 そう信じている人は多いが、スピーカーとアンプを人間が勝手に組み合わせている時点で音はすでに「調合されて」いる。そう考えれば結局のところ大事なことって、「その音はあなたが楽しめる音かどうか?」だけである。

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Author:Dyna-udia
DYNAUDIOというスピーカーに出会ったせいで、こんなブログをやってます。

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